なぜ地震などの天災時でも「自責思考」が必要なのか?

先週は、静岡県浜名湖にて「神魂浄化マスター合宿」を開催していました。参加メンバーと非常に濃密で、魂が磨かれる時間を共有できたことに心から感謝しています。この合宿では、一部のメンバーに「自責思考」に関するワークに取り組んで頂きました。自責思考とは「自分に原因や責任があると捉える考え方」のことです。この対義語は「他責思考」ですね。このワークに取り組んで頂いている時の「珈琲ブレイク」ネタとして、最近頻発している「地震」と「自責思考」に関して、参加メンバーに考えて頂きましたので、今回はその内容をシェアし、読者の皆さんともこのテーマに関して一緒に考えたいと思います。ちなみにその「珈琲ブレイク」ネタとは、こちらの内容になります。

「地震などの天災で被災した場合でも『自責思考』が必要な理由は何か?」

最近、日本や世界各地で比較的大きな地震が頻繁に起きていますよね。予測不可能で抗いようのない天災に対し、私たちはどう向き合う必要があるのか。私なりの見解をお伝えしたいと思います。ただ、私の見解を読む前にご自身でも考えてみてくださいね。

天災と「他責思考」の落とし穴

地震などの大きな災害が起き、被災してしまうとどうしても「なぜ自分がこんな目に遭うのか」「運が悪かった」と環境や状況を嘆きたくなるものです。それは人間として当然の感情かもしれません。しかし、この「他責思考」に留まっているとどうなるでしょうか。現状に対する不満や無力感に心を支配され、人生のコントロール権を外部に明け渡してしまうことになります。これでは、前を向いて人生を再構築していくエネルギーは生まれません。では、どのように捉えれば良いのか?ですが、それは・・・

天災を「神様からのサイン」と捉え直す

ことです。ここで「自責思考」を取り入れるとどうなるか。合宿の際にお伝えした、私なりの模範回答をシェアします。

私たちは平時、電気やガス、水道といったものを当たり前のように使っています。しかし、それらに対する有難さや感謝の念が薄れてしまっている時。あるいは、自分自身に対する「自愛」、そして他者に対する「慈愛」が不足している時。神様は、その「不足」や「偏り」に気づかせるために、意図的に地震などの天災を起こし、私たちに気づきを促しているのではないか。

そのように考えることができるのです。

「自責思考」が魂を成長させる

つまり、「天災でさえも、自分の中に何らかの原因(気づく必要があるテーマ)があるのではないか」と捉えること。これこそが、ここでお伝えしたい「自責思考」の本質です。自責とは、決して「自分が悪いのだ」と自分を責め立てることではありません。理不尽に思える出来事であっても、それを他者や環境のせいにせず、「自分ごと」として受け止める覚悟を持つことです。

人生の本質は「魂成長」にあります。この自責思考を実践することができれば、どんなに過酷な出来事も単なる災難では終わらず、自らの魂を磨き、成長させるための強力なプラス要素へと変わっていくのです。

日常からの実践と備え

普段から感謝の念を持ち、神様から与えられた資源を無駄にせず大切に扱うこと。そして、「自愛」と「慈愛」を日々実践できている人のところには、本来、日々の生活に大きな支障をきたすような天災は起きないと思われます。もちろん、常にその完璧な境地で生きられる人は非常に稀です。私たち人間は未熟だからこそ、生きている限り学びの途上にあります。だからこそ、日々の生活の中で自分自身を振り返り、魂を磨き続ける必要があると思います。

天災は恐ろしいものですが、同時に私たちの生き方の根本を問い直す機会でもあります。日々の当たり前に感謝し、愛を持って生きる。そんな「自責思考」の実践を、今日からぜひ意識してみてくださいね。

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